小松亮太(Ryota Komatsu)

back to index
PROFILE SCHEDULE NEWS ABOUT TANGO VOICES/REVIEW Tete - a - tete ESSAY DOWNLOAD LINKS SPECIALS
VOL.1
VOL.2
VOL.3
VOL.4
VOL.5
VOL.6
VOL.7
VOL.8
VOL.9
VOL.10
VOL.11
SPECIAL VOL.1
SPECIAL VOL.2
SPECIAL VOL.3
SPECIAL VOL.4
SPECIAL VOL.5
SPECIAL VOL.6
SPECIAL VOL.7
SPECIAL VOL.8
SPECIAL VOL.9
SPECIAL VOL.10
SPECIAL VOL.11
Tete - a - tete SPECIAL VOL.6「横顔だったり、素顔だったり」
今さて、次に訪れるのは、パラグアイ。
の、はずだったのですが・・・・。
チリの首都、サンチャゴのカフェ。
涼しげです。
チリの首都、サンチャゴの大通り。
新市街の真ん中です。
なぜ、チリに?
小松亮太 【パラグアイ編】
話しは約1日前にさかのぼります。
ペルーの首都リマでの2回目の公演が終わったのは既に夜の11時を過ぎ。何やらかやらあり、ホテルに戻ったのは1時過ぎ。 翌日(というのかどうかわかりませんが)の朝のフライトが7時15分。 空港までの移動を考えると4時15分にホテルを出発しなくてはなりません。 つまり、われわれはほとんど寝なかったわけですが、それもこれも、朝の7時15分の飛行機に乗るためだったわけです。 しかし、飛行機が実際にリマを飛び立ったのは、結局夜の7時過ぎでした。
おお。
ラテン。
ビバ。サウスアメリカ。
空港のロビーでフライトを待つ、熊田洋先生と田辺・27歳・和弘氏。まだこの時点では余裕を見せています。
・・・しかし、この「TeTe」は田辺さんが目立ちますね。
まあ、いっしょにいても実際目立つ訳ですが。
理由はよくわかりませんが(忘れましたが)、7時15分のフライトは、次から次へと延期されていきました。9時になればはっきりしたことがわかります、と言われ9時になってみると、今度は11時になるとはっきりしたことがわかります。そんな具合。11時にも、12時にも、我々はデジャヴュを体験することになります。
まあ、時間が何時になっても、飛行機が次の訪問地であるパラグアイの首都アスンシオンに直行するのなら、問題ないのですが、そうは問屋が卸しません。チリのサンチャゴというところで、アスンシオン行きに乗り換えなければなりません。サンチャゴ→アスンシオンは1日1便しかなく、それを逃すと1日待つことになります。もちろんその便は我々を待ってはくれません。
我々には我々の予定というものがあるのですが・・・。

四の五の言っても飛ばないものはしょうがないので、ある時点で乗り換えをあきらめ、パラグアイの日本大使館に連絡をとってもらい、状況を報告。チリの大使館にもサンチャゴに1泊することになるので連絡を入れて貰いました。生憎日曜日でそれ自体簡単なことではなかったのですが。
書き忘れましたが、空港には、日本大使館の方がお二人ついてきて下さっていました。お二人は、せっかくの日曜日でしたのに、最後まで、我々につきあって下さいました。
どれだけ心強かったことか・・・。感謝です。

それにしてもリマの空港と言うところは実に何にもないところでした。とにかく時間を潰すところがない。
コーヒーが出せない(機械の故障とのこと)カフェが1件あるだけでした。そこに結局14時間近くいたわけです。

さて、それだけではありません。

ペルーの長い一日もとっぷり暮れ8時が近くなったころ、ようやく飛ぶことになりました。出発に先駆けてボーディング・パスを再度チェックするとのことで回収するように言われ、人数分とりまとめて搭乗口横のカウンターに持っていき係員に渡しました。
ところが、戻って来たとき、1枚足りないのです。具体的に言うとヴァイオリンの近藤久美子の分。
大使館の方といっしょに1枚足りないと言ったのですが、係員は、いや、ちゃんと渡した、そっちがなくしたんだろう、の一点張り。「とにかく搭乗券がないのなら乗せることはできない。乗りたいのなら買って貰わないとダメ!」。
フライトの時間が迫っています。とにかく、これに乗らなければ、我々はアウトなのです。
仕方がないので、大使館の方が自分のクレジットカードを出しかけた時でした。
「あ、ごめん。ここにあった」
このやろう(係員は女性だったのですが)。
・ ・・そんなわけで、なんとかリマを飛び立つことが出来ました。余りにも時間がなかったので、お世話になった大使館の方にきちんとごあいさつもできませんでした・・・。

サンチャゴ空港にはチリ大使館の方が待っていて下さいました。
せっかくの日曜日、お休みのところ夜分に呼び出され、駆けつけて下さったわけですが、実に親切に助けて下さいました。感謝です。

空港から市内のホテルまでは航空会社が手配したバスで移動。
しかし、出発して20分くらい経ったころでしょうか、どういうわけか空港に戻ってきてしまいました。なんと、市内の自宅に帰る職員を乗せるために戻ったとのこと。全く、人がへとへとなのに。

これでおわりじゃないところが、南米の南米たる所以です。
翌日のフライトは午後3時40分。空港までの移動を考えるとホテル出発は12時30分。
航空会社には、12:30にはホテルを出るので、ちゃんと迎えに来るように、と念を押しました。しかも我々は一行12人で楽器もあれば荷物もある旨もリマインドしました。
しかし、車がやってきたのは、13:40。しかも、8人乗りの車。
こらっ!
こらっ!
こらっ!

大使館の方が急遽ホテルのヴァンを借り受けてくれ、なんとか出発。しかし、空港についたのはフライトの1時間前。国際線なのに。
でも、まあ、なんとか間に合いました。ギリギリ。
ここでも時間が足りなくてお世話になった大使館の方にきちんとごあいさつも出来ず、アスンシオンに向けて出発。

みなさんが南米を旅する時のためにこの航空会社がどこかを教えて差し上げたいのですが、営業妨害で訴えられても困るので、差し控えます。コンサート会場とかでお目にかかる機会があれば、こそっと教えて差し上げます。
しかし、ひとつ付け加えますと、ブラジルやアルゼンチンでこの航空会社の評判を聞くと、「南米の中では一番ちゃんとしてるよ」という意見がほとんど。
さすが。
ビバ。サウスアメリカ。

飛行機から見たアスンシオンの街で印象的だったのは、赤い土。典型的な熱帯の街に見えました。

夜7時頃にアスンシオンにつきましたが、気温は39度。
言わなくてもわかると思いますが、暑かったです。

空港から市内に至る道は3車線。片側3車線ではなく全部で3車線。
両端はもちろんそれぞれ上り下り。真ん中は、というと、決まっていないのです。交通量が多い方が使うという、実に緩い、フレキシブルなシステムをとっています。しかも時間で区切られているとか、仕切る人(警察官とか)がいるとかいうわけでもないように思えました。何故かというと、交差点で(真ん中の車線の方向が)変わることがあるということです。ここまでは上り方向だったけど、次の交差点から先は下り方向になるといった具合。そこにも仕切る人はいません。要するに相対するそれぞれの先頭車同士の勝負というか。
さすが。

市内に入る直前に道路沿いのアパートでたむろしていた子供からバスの窓にくだものを投げつけられるという歓迎を受けてのアスンシオン入り。
アスンシオンの旧市街の風景。
面白いところでしたよ。暑いせいか、ビールが実にうまく、食べ物も多少ワイルドではありますが、おいしかった。
パラグアイの大統領官邸。メンバーの中の何人かはこのあたりをブラブラ散歩している時、官邸の警護兵(自動小銃を持っている)から、「危ないからこの辺りは歩かない方がいい」と言われたそうです。 パラグアイでは簡単に銃が買えるらしく、人口あたりの殺人事件発生率は世界で最も高いレベルにあるとこのこと。気をつけて下さいね。
日産の4WD車が写っていますが、この街は実に4WD車が多く走っています。理由は簡単。道路が良くないからです。確かに、首都の真ん中なのに、かなりタフでした。でこぼこ、凸凹、デコボコ。
田辺・26、じゃない27歳・和弘氏、楽器選びの様子。
日本政府が寄贈した弦楽器群が収められている、やはり音楽学校の楽器庫。楽器を選んだだけで汗びっしょりになりました。
今回のツアーに舞台監督として同行して下さった肥田氏といっしょに、ラーメンを食べました。パラグアイでラーメン。なかなか美味でした。
さて、仕事、仕事。会場は立派なコンサートホール。
これは小松亮太バンドネオン。壊れると困るので、全ツアーに持って歩いた予備楽器の方。不肖私が持ち運びさせて頂きましたが、結局演奏に使用される機会はありませんでした。
こういうのは不思議なもので、予備を持っていると故障って起こらないものだし、用意してないときに限ってトラブルは起こるものですよね。
リハーサル風景。
味がある写真というわけでなく、単なる手ブレです。
すみません。
この写真はヴァイオリンの喜多直毅さんから提供して頂いた写真です。
開演前、楽屋で曲順の確認をしているところです。
開演直前、着替えも済ませ、出番を待つばかりです。
御法川雄矢(みのりん)の準備も万端です。
コンサートは、ペルー公演に勝るとも劣らない程の熱狂的な反応でした。ホールの収容人数より100名以上多い人が聴いて下さいました。「もう満席」ですというアナウンスに対して、「入れろ!」コールがわき起こり、もうどうにでもなれ、という感じでホールに入れた、とのこと。
地元のダンサーも共演してくれました。ちなみにダンサーの男性の方は、歯医者さん。 これは翌日のラジオ番組出演の様子。
予定通りパラグアイに入っていれば、コンサートの前日に出演予定だったのですが・・・。
Tête à tête 文責:コンサートイマジン平林
翌日は、いよいよアルゼンチンへ移動。
もう、トラブルがないと良いのですが・・・。
このページのトップへ
Copyright(c)2007 Concert Imagine All right reserved.Concert imagine